私は葬儀ディレクターとして、20年以上にわたり数千件の式を執り行ってきましたが、ここ5年から10年での供花のあり方の変化には目を見張るものがあります。以前は「お供えに加工した花を使うなど言語道断」という風潮が強かったのですが、最近ではご遺族側から「葬儀の後に自宅で飾れるプリザーブドフラワーを返礼品として用意したい」という相談を受けることも珍しくありません。なぜこれほどまでに浸透してきたのか。その最大の理由は、葬儀の「小規模化」と「日常化」にあると分析しています。家族葬が増え、大きな祭壇を飾るよりも、自宅の居間で故人と過ごす時間を大切にする方が増えた結果、生活空間に馴染み、管理が容易なプリザーブドフラワーが選ばれるようになったのです。現場で感じるプリザーブドフラワーの利点は、その「利便性」だけではありません。「精神的な安らぎ」という側面も大きいのです。生花は美しく、命の輝きを感じさせますが、同時に枯れていく過程が死を連想させ、喪失感を深めてしまうというご遺族もいらっしゃいます。一方で、プリザーブドフラワーは、亡くなった時の美しい記憶をそのまま止めているかのように感じられ、それが心の支えになるという声をよく耳にします。また、最近では技術の向上により、見た目だけでは生花と区別がつかないほど精巧なものが登場しており、仏教界でも「お供えの心は形式ではなく誠実さにある」として、肯定的に捉える住職が増えています。ただし、一つだけアドバイスさせていただくならば、やはり「場所の使い分け」は徹底すべきです。通夜や告別式という公の儀式の場では、生花の圧倒的な存在感と香りが、死を悼む空間を作り上げます。そこでは生花の力を借りるべきです。一方で、葬儀が終わった後の日常という長い旅路においては、プリザーブドフラワーの変わらぬ美しさが、遺族の孤独を癒やす良き伴侶となります。私たちは打ち合わせの際、ご遺族に「お花を絶やさないことは大変ですが、今はこうした選択肢もありますよ」と提案することがあります。すると、多くの方が「それなら無理なく続けられそう」と安堵の表情を浮かべられます。供養とは、残された人が苦しむためにあるのではなく、故人を思い、自分自身の心を整えるためにあるものです。プリザーブドフラワーという選択肢が普及したことは、供養という文化を現代に合わせてアップデートし、より持続可能なものにするための素晴らしい進化だと言えるでしょう。これからも形式にとらわれすぎず、ご遺族の心に最も寄り添える形を一緒に考えていきたいと思っています。
葬儀ディレクターに聞くプリザーブドフラワー供花の最前線