父は生前、典型的な昭和の頑固親父でしたが、その一方でクラシック音楽をこよなく愛し、週末には書斎でベートーヴェンやモーツァルトのレコードに静かに耳を傾けるのが何よりの楽しみでした。「俺の葬式は、坊主の念仏より、第九を流してくれ」。それは、父がよく口にしていた冗談のような本音でした。父が亡くなった時、母と私は迷うことなく、無宗派の音楽葬で父を送ることを決めました。葬儀社の担当者の方は、私たちの想いを真摯に受け止め、様々な提案をしてくれました。私たちは、父が特に好きだったベートーヴェンの弦楽四重奏曲を生演奏で送ることに決め、葬儀社を通じてプロのカルテットに依頼しました。祭壇は、華美な白木祭壇ではなく、父が愛した山の風景写真を背景に、たくさんの白い花でシンプルに飾ってもらいました。葬儀当日、斎場に響き渡ったのは、読経の声ではなく、弦楽器の深く、そして優しい音色でした。司会者の方が、父の不器用だけれど愛情深かった人柄を語り、私と弟が、それぞれの父との思い出を涙ながらに読み上げました。そして、焼香の代わりに、参列者一人ひとりが、父が好きだった白いカラーの花を、祭壇に捧げていきました。式のクライマックスは、父が望んだ「第九」、交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」の合唱でした。厳粛な葬儀の場で合唱曲を流すことに、少しだけためらいはありましたが、力強く、喜びに満ちたそのメロディが会場を包み込んだ時、私は不思議と心が晴れやかになるのを感じました。それは、父の人生が、苦難を乗り越え、最後に歓びへと到達した証のように聞こえたからです。参列してくれた父の友人たちも、「あいつらしい、最高の葬式だったよ」と、涙ながらに笑ってくれました。私たちの葬儀は、形式にとらわれず、ただひたすらに父への感謝と愛情を表現する場となりました。きっと天国の父も、少し照れくさそうに、でも満足げに、その音色に耳を傾けてくれていたに違いありません。
私たちが父に贈った無宗派の葬儀