葬儀の場で「当家(とうけ)」という言葉が使われる際、ある種の丁寧語として認識されていますが、「様」をつけずに「当家は…」と呼びかけられることに、少し違和感を覚える方もいるかもしれません。なぜ、個人名であれば「〇〇様」と呼ぶのに、「当家様」とは言わないのでしょうか。その背景には、この言葉が持つ独特の性質と、日本の文化に根差した奥ゆかしい敬意の表現方法があります。まず、「当家」という言葉自体が、「こちらの家」を指し示す敬称としての役割を持っている、という点が挙げられます。「当」という字には、「この」「その」といった指示語の意味の他に、相手への敬意を示す接頭語としての働きもあります。例えば、相手の会社を「当社」ではなく「貴社」と呼ぶように、「当家」は第三者が葬儀の主催者である家を指し示す際に用いる、改まった表現なのです。そのため、「様」をつけなくても、それ自体で敬意が払われていると解釈されます。また、葬儀という非日常的で厳粛な空間において、個人名を何度も呼ぶことを避け、「家」という一つの共同体の単位で呼ぶことにも意味があります。それは、悲しみの中心にいる喪主個人の負担を軽減し、家族全体でその悲しみと役割を分かち合っている、という状況を尊重する配慮の表れとも言えます。個人ではなく「家」として捉えることで、よりフォーマルで、公的な儀式としての性格が強まります。さらに、「当家」という言葉は、第三者がご遺族に対して、直接的すぎない、一歩引いた距離感を保ちながら敬意を示すための、非常に日本的なコミュニケーションツールであるとも言えます。「ご遺族の皆様」と直接的に呼びかけるよりも、「当家の皆様」と表現する方が、より客観的で、相手を過度に刺激しない穏やかな響きを持ちます。このように、「当家」という一見シンプルな言葉には、相手への敬意、共同体への配慮、そして奥ゆかしい距離感といった、日本の文化に深く根差した、豊かな心遣いが込められているのです。
なぜ「当家」と呼ぶ?言葉に込められた敬意の形