父が亡くなったと聞いた時、私は20代後半でした。長男として、母を支え、喪主の隣に立つという役割を担うことになりましたが、葬儀に関する知識は何もなく、ただただ葬儀社の方の指示に従うことしかできませんでした。通夜が始まり、黒い喪服を着た人々が次々と訪れる中、私は悲しむ暇もなく、慣れない挨拶を繰り返していました。そんな慌ただしさの中で、司会者のマイクを通した声が、私の耳に突き刺さりました。「当家の皆様は、ご焼香台の前へお進みください」。その瞬間、私は全身に鳥肌が立つのを感じました。「当家」。今まで他人事のように聞いていたその言葉が、今、自分たちに向けられている。私たちは、ただの悲しむ家族ではなく、この儀式の中心にいる「当事者」なのだ。その事実が、ずしりとした重みを持って、私の肩にのしかかってきました。それから、何度も「当家」という言葉を耳にしました。「当家代表のご挨拶」「当家の皆様より、御礼の品でございます」。その度に、私は背筋を伸ばし、父の息子として、この家の人間として、恥ずかしくないように振る舞わなければと、自分を奮い立たせました。それは、悲しみに沈むことを許されない、辛く、そして孤独な役割のようにも感じられました。しかし、告別式が終わり、多くの参列者の方々から「立派なお式でしたね」「お父様も喜んでいらっしゃるでしょう」と温かい言葉をかけていただいた時、私の心に少しずつ変化が生まれました。「当家」として、父のために多くの人々に頭を下げ、感謝を伝えるという務めを果たしたことで、不思議と心が満たされ、父をきちんと送り出すことができたという、確かな手応えを感じたのです。「当家」という言葉は、単なる呼び名ではありません。それは、深い悲しみを背負いながらも、故人への最後の責任を果たすために立ち上がった家族の、尊厳と覚悟を示す言葉なのだと、父の葬儀は私に教えてくれました。
父の葬儀で初めて「当家」と呼ばれた日